また親の家から、繋いで書き込むだけ書き込んでおく。
できる時にやっておかないと、次いつできるか分からないので。

１月１１日（日）
朝、父が吐血したとの連絡を病院から受けて、慌てて３人で病院に向かう。
ただ、血圧は正常で話もできるとのことだったので、緊急事態という訳ではないようだった。
着いてみると、父は寝ていたが、反応は昨日より随分悪かった。
相変わらず黄色くなった眼を半開きにして白目のような状態で一見目を覚ましたかに見えても、反応はない。
眼球がしきりに動くので夢を見ている状態かと思うのだけど、レム睡眠にしては外部からの刺激に対する反
応が非常に薄い。朝だからか、目についている目ヤニとともにたまった涙を拭いてやると、それはやや黄色
味を帯びていた。黄色い涙というのは、如何にも今度の病気を象徴しているようで、何とも言えなかった。
それでもたまにこちらに気付くのか、家族の顔を見て、ごくたまにそれと認識することがある。その時だけ
若干表情が緩むのでそれと分かる。でも次の瞬間にはまた眠りに陥ってしまうので、やはり夢と現実との違
いを認識できていないのかもしれない。
その後血圧を測ると、昨日は上が 130 程度まで上がっていたのに 90 近くまで急落した。それでも何とか
90 を保っているのでぎりぎりなのだが、そのせいで手足の先は冷たい。
出血の原因や部位は分からない。静脈瘤が最も原因として考えられるが、それ以外の可能性もある。ただ、
それを調べることは今となっては体への負担が大きすぎて無理だろう。治療も同様に無理なんだろう。
反応が弱くひたすら夢心地の中でいるのは、肝臓を初めとして体全体が衰弱した為に、何とかぎりぎり生命
を維持する為に体が縮退運転、或いは省電力モードに入ったんだろうと思う。
その後、医師より説明があったが、およそ想像通りの答えだった。
ただ相変わらず尿は出ず、本人が一番嫌がっていた導尿の処置を行うことになった。
その直前までは、昨晩もそうだったように、痛み止めの薬が効きすぎたのか、気持ちいい気持ちいいと繰り
返すこともあったが、流石にその処置の後はひたすら痛そうで、それはまた眠りに入るまで続いた。
一時吐きそうになり何度も咽んだりしたが、その後は落ち着いたものだった。血流が喉元まで来たのかと慌
てたがそれ以降昼過ぎまで何も起きていない。吐く力が弱って詰まったりしないかと思ったが、それはない
ということだった。
昼に少しだけ席を外して (昼過ぎに漸く弟は会社に行った) 階下で美味しくない食事をさっさと済ませて戻
ると布団をはいで大きく体を横倒しにして姿勢を崩してしまっていた。また、その後も、暑いのか苦しいの
か (そこは何度聞いても要領を得た答えが返ってくることはなかった) 布団をはいでしまったり、或いは鼻
のチューブが気になるのか何度もそれを取ろうとする素振りを見せたりするのだった。
また、たまに目を見開いて意識が戻ったように見えることもあるのだが、話しかけても反応がなかったり、
目は見えていても脳がそれを現実と認識していないようなことが多かった。そんな中、医師や、午後突然遠
方よりやって来た親戚が現れると、しっかり認識して微笑んだりする。ただ、それもやはり、かなり無意識
に近いのかも知れない。或いはその時何か喋っているのかもしれないが、それは誰の耳にも届かない。たま
に口が動くように見えることがあるが、その時も実は何か喋っているのかも知れない。
とにかく今日は、総じて昨日より症状が重く、全体として意識レベルの低下が著しかった。全ての行動はほ
ぼ無意識と言えるようなもので、昨日よりも尚夢見心地といった塩梅。但し、その夢もどれだけ意識下にあ
るのか分からないが…。
夕方過ぎ、それまで散々苦痛と共に何度も体をよじっては布団をはいだり足をばたつかせたりしていたが、
尿意があるのかと思い準備をしたところで、突然、吐血した。何度も何度も吐こうとするのを、看護婦と３
人がかりで体を固定したり血を受けたりしてやったが、もうとにかく苦しそうで、それでも姿勢が寝ている
ということと筋力も弱っているので、なかなか出ない。何とか出きったところで、吸入で溜まった血を吸い
取ろうとするが、それが相当に痛いらしく反射的に手でそのチューブを払いのけようとする。可哀想で見て
いられないが、それが致命傷になるのもまずい。ある程度出してやると、その後はややおとなしくなり、暫
くするとまたゆっくり寝始めた。それで安心していたのも束の間、また唸り始め、咳き込んだりする。咳き
込むのは、やはりまた吐血しそうなのか、或いはまた別の静脈瘤が破裂して食道に血が溜まり始めたのか、
或いはそれまでの血流の影響で気持ち悪いのか、または全く別の原因で、或いは全身症状として様々な原因
が影響しているのか、とにかくここで無理に薬で寝せたりはせず、苦痛を取り除いてやりたいと思った。ま
ずは吐き気止めの点滴を打って貰う。それで暫くは落ち着いたかに見えた。それでも少しするとまた苦しみ
がひどくなり、「いやだーいやだー」と漏らし続ける。今日唯一聞き取れた意味のある言葉は、嫌だという
言葉だけだった。目は開いていても何も見えておらず、耳にはいる言葉も何も聞こえておらず、苦痛の唸り
声か、或いは嫌だという言葉だけを発しながら、もがき苦しむ。余りにひどく、見ていられないので、次に
またモルヒネの点滴をお願いする。それでも暫くは暴れていたが、それでも暫くすると徐々に規則正しい寝
息と共に、落ち着いて眠り始めたようになった。
この時点ではもう既に、誰の顔も認識しないし、誰の呼びかけにも反応しない。少なくとも昨日、或いは今
朝までは、簡単な質問に対して頷くか首を振るか程度は何とか出来ていた。目は白目の状態、たまに正常に
見えることもあるが、そんな状態のままで殆ど何も見えていない。痛いのか苦しいのかすら聞いても反応が
ないので分からないが、実際本人もそこまで意識して分かるレベルにないのだろう。ひたすら意味のないう
なり声をあげて苦しむばかり。やることは一通りやった筈だが、これ以上は手の出しようがない。暴れて布
団をはいだりするたびに姿勢を直してやったり、咳き込むときには吐血しても大丈夫なようにしてやるのが
精一杯で、それでも苦しんでいるのを何ともしてやれない。せめて、ゆっくり眠っていられるようにだけは
してやりたいのだが。
取り敢えず夜になると、薬が奏効して、落ち着いて眠れるようになったようなので、実際、やや安堵した。
とにかく苦痛だけは取り除いてやりたい。これ以上、家族や親戚を認識したり意味のある会話をしたりとい
うことは期待しないけれど、とにかく苦しいのだけは何とかしてやって、楽に気持ち良くいさせてやりたい。
本当は色々とやり残したことや言い残したことが沢山あるのだろうけど、それらは皆が宿題として引き継い
でやるしかない。そうすれば、どこかで安心してくれるかも知れないから。
その後、夜は基本的に落ち着いているものの、時折苦しそうに声を挙げる。今日はずっと、もうそれしか出
来ないが、ただひたすら声を掛けてやったりさすってやったりするしかない。おでこの辺りから瞼を閉じる
ように何度もさすってやると、気持ち良く眠ってくれることが多いような気がして、声を掛けながらいつも
さすってやるのだが…。
夜になり、会社から弟が直接病室に戻ってきて色々話した結果、夜は弟が病室に泊まることになった。余り
帰りが遅くなると帰れなくなるし、母と自分はそこで帰ることにした。自分は自宅に帰る準備をして、明日
朝早くに母と一緒に病院に行く。いざとなれば、どちらも泊まれるようにしておく為もある。弟は明日から
一週間程度会社を休む方向で話をしてきたらしいし、自分も一応数人の上司には話をしてある。ただ火曜日
は最低午前中だけでも出社するつもりだったが、これもまた明日の状況次第になるだろう。
まだ反射的に動く時の力を見ても、よっぽど大量に吐血したり心臓にかかる負担が急激に悪化したりしない
限りは、今晩にも…ということは余り考えられないように思う。恐らく明日か明後日が山ではないかと思う
し、医者もそれを否定はしない (どちらにしろ分かる筈もないし当然なのだが)。そういう訳で今晩は家に
戻り、多少の事務作業をして、多少でもきちんと寝てからいこうということにしたのだった。脳の手術明け
間もない母も頭痛を訴えるし、何にせよ看病する側も休まなければならない。いざという時に自分も倒れて
しまってはどうにもならないのだ。
今日は、どう考えてもいつもの父とはまるで違う人間になってしまったかのような父の姿を見て、少なから
ずショックだった。あんなに苦しむとは…。いつも余りそういった感情を出さない人だけに、あんな苦悶の
表情は初めて見た。それに意志が一切伝わらず、誰も分からず、ただかすれ声を振り絞るだけという存在に
なってしまった。昨日までは意識や思考が混濁しているせいか殆ど意味不明な言葉を口走ったりしていても、
それでも何とか色々考えようとした結果の言葉だということは分かったし、少し前ならやはりかなり意味が
分からないなりに書いたり、自分でも自分の言ってることが分からないと嘆いたりしていたというのに…。
こういう時に、遺影に使う写真の確認などのついでに偶然出てきた昔のビデオクリップなんかを見てしまう
と、つい涙ぐみそうになってしまい本当に困る。こんな時に何ともしてやれないのが、悔しい。親孝行をし
たい時に…という言葉があるけど、後から悔やむことは幾らでもあるもんだと思う。そして、その時になら
ないと分からないと分からないことというのも、幾らでもあるもんだと思う。

今後の重要な事務的作業の準備等は、昼間は父がやや落ち着いて寝ている隙や夜中に親の家でしていたりす
るのだが、調べれば調べるほど、これだけ膨大な内容をあれだけ短期間にやり遂げるというのは、相当の困
難を要するということが分かってくる。しかも基本は母がこうしたことをするのをフォローするという形に
しつつ、弟にもある程度そういったことを学ばせたいと思っているので、今からかなり不安に思っている。


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